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人生、50年以上も生きてますと何かの何かでゼロからスタートすることがあります。

私も何度かゼロスタートを経験いたしました。

最初のスタートは大学を卒業して人並みに就職してのスタート、
学生から社会人となるスタートラインですのでどなたも経験します。

二度目のスタートは職を辞めて放浪の旅に出たわけで、時代の波ですかネ、
「一人で行くんだ~ 幸せに背を向けて~♪」と日本を出ました、出発の覚悟、
世界中を旅しようと、青年は荒野をめざしたのですから相当なものでした。

4年間の海外放浪、と簡単に言ってしまえばそうですけど、このときの日々
今でも当時の日記を読むと一日一日が鮮明に思い出されるほど充実してます。
ハイ、毎日が新しい地、毎日が人との出会いです。

三度目のスタート、妻と南米はペルーのクスコでお互い旅人として知り合いました。
ヨーロッパで再会し、その後スペインはグラナダでの結婚、子供の妊娠と運び
日本に帰って来たのが日本を出てから4年後でした、日本再復帰のスタートです。

妻はコネで大学の研究室に勤められ、私は自宅でプリント基板設計業でした。
自営業でしたがプリント基板設計ってのは、やはり時代の波でした。
比較的簡単に業界に入れた、と言うより仕事が沢山ある割にはほとんど素人の
設計者しか世の中にいなかったのです、独立するにさほどの期間もいらなかった、
わずか三ヶ月、そして何よりも金になった。

世の中に汎用ICが出てきて、それらを使ってのロジックボード開発ですか?
そんな民生品需要が凄く多かったのです。

 

日本で小金が貯まった我々夫婦、子供が小学校に入る前に何年間か
アメリカでの生活を経験してみようと、やはりお互い旅人カップルですので、そんな
突拍子もないことを考えました。

四度目のスタート、これはサンフランシスコでの生活でした、しかし企業なり
のバックボーンがある人と、唯の夫婦が子連れでその生活をしにいくってのとでは
月とスッポンの差があるわけです、学生ならその理由も明らかですけど
子連れ夫婦です、イミグレーションだって多少は怪しむでしょう、そういった周りの
目には俺達は金は持っているのだって態度を見せないといけません。

アメリカって国はお金で何とでもなる国です、いやな国ですねー……(-。-)y-゚゚゚
要するに西部劇の世界と同じです、見知らぬ人間は信用できない、できるのは
お金しかないのです。
――こういうことをを知ったうえで見るハリウッド映画は面白いですネ――

最初の一年間は大変でした、何もわからない、何の信用もない、金は湯水のごとく出る。
アメリカって聞くと見るとではこれ程ちがうのです、勿論生活するともっと
その違いはわかります、車を買って、免許証を取って、保険に入って、銀行口座を
開設して、子供を学校に入れて、おまけに妻は病気に襲われて入院……
二年間は戦いの日々であったように感じます。

五度目のスタート、これはLSIの設計業務に巡り会っての一からのスタートでした。

この時は、大変なんて言葉では表せません、死にモノ狂いってああいう状態
なのでしょう、私一人というわけではありませんけど、仕事先がLSI設計
受託業務のために立ち上がりました、昭和の最後の年です、私もここの
協力会社ということで立ち上がりました。

このときは多くの新人社員、いろいろな分野の人間が集められて 
LSI設計を叩き込まれました、そして辞めていった若者のほうが残った人間より
数倍多かったねー…… これも時代の波でした。.
幸い、私は生き残り、20年もの期間、LSI設計に携われました。

 

そして今、六度目のゼロスタートがやってきました。
「Webクリエイターへの道」
チャレンジです、挑戦です。


なりたい自分、登りたい山、かなえたい夢、願望。

未来はそれを目指し、向かう者に開ける。

ゆっくりでもいい、一歩一歩、登ろう